アモルファス磁性体SMコイルを用いた大電流対応LCフィルタ
1. ローパスフィルタの種類
●ローパスフィルタの構成例
直流電源ラインに挿入し、不要な高周波ノイズを除去します。
直流電源ラインで用いるローパスフィルタは電力ロスが少ないLCフィルタや、LCフィルタの段数を多くしたπ型フィルタ等が用いられます。
※本資料では、表のLCフィルタについて、最適部品と回路特性について説明致します。
2. ローパスLCフィルタの設計
●LCフィルタのインピーダンスとカットオフ周波数
LCフィルタのインピーダンスとカットオフ周波数は下式で求められます。一般的にフィルタのカットオフ周波数はスイッチング周波数の1/10程度とします。
3. 寄生成分による影響
コンデンサやコイルなどの受動部品は寄生成分を持っており、高周波において十分な性能を引き出せなくなります。
コンデンサ、コイルの自己共振が生じない周波数帯域でLCフィルタを構成する事により理想的な減衰特性を実現します。
4. LCフィルタ特徴・注意事項
- 減衰量は下式にて算出します。
- LCフィルタ設計ではカットオフ周波数fcでのQピーク発生に注意が必要です。(このQは共振の鋭さを示します。)
- 減衰特性は-40dB/dec.となります。
回路負荷抵抗が軽い場合、Qピークを抑制する為の抵抗RQと、このRQに直流電圧の印加を防止する為のCQが必要です。このCQは、等価直列抵抗(ESR)がRQに比べて小さい物を選定します。RQは以下の式で計算します。
図1. LCフィルタ基本特性
【使用部品型番と本資料での略称について】
●コイル
品番 | LESM050010P1BV0E |
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定格 | 2.4μH/0A, 1.2μH/50A (20kHz) 2.0μH/30A(参考値)・・・本資料で使用 |
略称 | コイル SMシリーズ |
●導電性高分子ハイブリッドアルミ電解コンデンサ
品番 | HHSE630ELL101MJC5S |
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定格 | 100μF/63V |
略称 | ハイブリッド、ハイブリッドコンデンサ |
●アルミ電解コンデンサ(サンプル1)
品番 | EGXE350ELL101MJC5S |
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定格 | 100μF/35V |
略称 | アルミ電解コンデンサ |
●アルミ電解コンデンサ(サンプル2)
品番 | EGPD250ELL472MK35H |
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定格 | 4700μF/25V |
略称 | アルミ電解コンデンサ |
●ドラムコイル
品番 | 他社品 (材質: フェライト) |
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定格 | 数10A、約2.5µH/0~30A (参考値) |
略称 | ドラムコイル |
5. コンデンサ品種による特性の違い
●ハイブリッド、アルミ電解(同容量の場合)(C=100μF)
図2. ハイブリッド、アルミ各同容量でフィルタ特性比較
ハイブリッドコンデンサは、LCフィルタ減衰域で減衰特性-40dB/dec.を実現可能です。アルミ電解コンデンサを使用した場合、約30kHz以降の減衰特性は-20dB/dec.となってしまいます。この理由はコンデンサの周波数特性に原因があります。
図3. ハイブリッド、アルミ Z-ESR 特性比較(同容量)
●ハイブリッド,アルミ電解 (減衰量要求値が同じ場合) (要求値-40dB/100kHz)
図4. 目標減衰量でハイブリッド、アルミによる各フィルタ特性比較
アルミ電解コンデンサで減衰量-40dB/100kHzを実現する為には大容量コンデンサ(4700μF)が必要です。またハイブリッドコンデンサに比較してフットプリントで1.3倍、高さ3倍、重量5倍、体積5倍程度と部品外形も大型になってしまいます。
図5. ハイブリッド、アルミ Z-ESR 特性比較(目標減衰量)
アルミ電解コンデンサでは等価直列抵抗(ESR)が大きい為、約4kHzでインピーダンスがESR成分となり、以降は実質LRフィルタとなる為、減衰特性は-20dB/dec.になってしまいます。
[ESRの影響まとめ]
6. 他コイルとの比較
※カットオフ周波数確認の為Qピーク有りで測定
図6. SMコイル、トロイダルコイルによるフィルタ特性比較
直流電流0Aではトロイダルコイルを使用した場合、目標減衰ポイントでの減衰量が-40dB以下となりSMコイルより有利となりますが、トロイダルコイルは、カットオフ周波数が重畳電流値により変動し、重畳電流30Aでの減衰量は、SMコイルとほぼ同等となります。この理由はトロイダルコイルの直流重畳特性に原因があります。
図7. SMコイル、トロイダルコイル重畳特性比較
直流電流0AではトロイダルコイルのインダクタンスはSMコイルに比べて約4倍程度大きいですが、重畳約30A以降ではSMコイルとトロイダルコイルのインダクタンスはほぼ同等となります。電流重畳時のトロイダルコイルのインダクタンスの変動は、フィルタ構成時、直流電流値によるカットオフ周波数変動の要因になっています。一方、SMコイルはインダクタンスの電流依存性が少ない為、カットオフ周波数の変動が小さく、安定した減衰特性が得られています。
また、SMコイルは直流抵抗(DCR)が小さい為、重畳30A時、トロイダルコイルに比べて低電力ロス、低発熱であり有利です。
図8. SMコイル、トロイダルコイル発熱比較
7. 温度特性の影響
コンデンサの温度特性
●ハイブリッド HSE100μF/63V (外形Φ10×12.5L)
図9. ハイブリッドコンデンサ(HSE100μF/63V)温度特性
ハイブリッドコンデンサは、-40℃、25℃、135℃で200kHz程度までコンデンサとしての機能を発揮できます。
ハイブリッドコンデンサは低ESRで温度依存性も少なく理想的な減衰特性が得られます。
●アルミ電解 GXE100μF/35V (外形Φ10×12.5L)
図10. アルミ電解コンデンサ(GXE 100μF/35V)温度特性
アルミ電解コンデンサは-40℃での低温環境下でのコンデンサとしての機能は7kHz程度が限界となります。なお温度が高くなるに従いコンデンサ機能が改善され、135℃では約70kHzまでコンデンサとして使用可能となります。
アルミ電解コンデンサは、ESRの温度依存性が大きく減衰特性が変化してしまいます。
図11. SMコイルの温度特性
SMコイルは、-40℃,25℃,135℃において、インダクタンスの温度依存性は殆どありません。
【注意事項】
コンデンサの使用温度について
高温度(カテゴリ上限温度を越えた温度)で使用しないでください。カテゴリ上限温度を超えて使用されるとき、コンデンサの寿命が著しく短くなったり、圧力弁動作などの破損に至ります。温度は機器の周囲温度、機器内の温度のみでなく、機器内での発熱体(パワートランジスタ、抵抗等)の放射熱、リプル電流による自己発熱なども含めたコンデンサの温度を確認してください。また、コンデンサの裏面に発熱体等を配置しないでください。なお、コンデンサの寿命は使用温度の影響を受けますので、カテゴリ温度範囲内でご使用願います。温度を低く設定すると長期の寿命が期待できます。
LCフィルタの温度特性
LCフィルタに温度依存性があると、減衰特性やカットオフ周波数が変化してしまいます。ハイブリッドコンデンサ使用の場合とアルミ電解コンデンサ使用の場合を比較します。
●ハイブリッドコンデンサを使用した場合
図12. SMコイル+ハイブリッドによるフィルタ温度特性
SMコイル、ハイブリッドコンデンサ共に温度依存性が少ない事、及びハイブリッドコンデンサの低ESRより、フィルタ減衰特性も温度に依存せず理想的な-40dB/dec.の特性を得ることができます。
●アルミ電解コンデンサを使用した場合
図13. SMコイル+アルミ電解コンデンサ(GXE 100μF/35V)によるフィルタ温度特性
一方、アルミ電解コンデンサでは、温度依存性が大きく高温環境下でESR低下による減衰特性の改善は見られますが、低温での使用は、ESRが増大しコンデンサとしての機能が著しく低下してしまいます。結果として、容量の温度依存性によりカットオフ周波数が上昇し、目標の周波数での減衰量も得られなくなってしまいます。
8. 技術支援ツールの活用
SPICEモデルによるLCフィルタの一例
当社では各種コンデンサ、コイルのSPICEモデルを用意しております。実機における評価前の効果の確認が可能です。
図14. LCフィルタSPICEシミュレーション
図15. LCフィルタ実測とシミュレーション比較
技術支援ツールSPICEモデルを使用いただくことにより、より実機に近い回路特性を推測できます。
9. DC/DCコンバータによる実機テスト
市販品DC/DCコンバータの出力部において、当社コンデンサとコイルを組み合わせたLCフィルタによるノイズ抑制効果を確認しました。
●実機テストブロック図
図16.SMコイル、ハイブリッドコンデンサによるDC/DCコンバータノイズ除去テストブロック図

図17.SMコイル、ハイブリッドコンデンサによるDC/DCコンバータノイズ除去性能観測
DC/DCコンバータ出力にSMコイル+ハイブリッド100μFによるLCフィルタを挿入し、定格30A出力時における電源のSWノイズが10mV以下に減衰されたことを確認しました。
(備考) 10mVはオシロスコープの測定限界となります。
10. SMコイルとドラムコイル比較
【概要】
- アモルファス磁性材を使用したSMシリーズと同等のインダクタンス、定格電流であるフェライト磁性材を使用したドラムコイルや棒コイルについて伝導ノイズ除去性能、放射ノイズの観点でSMシリーズと比較します。
- ドラムコイル、棒コイルの特性は類似する為、本評価ではドラムコイルを使用します。
(コイル仕様については、4. LCフィルタ特徴・注意事項をご参照ください。)
【本項での伝導ノイズと放射ノイズについて】
- 伝導ノイズは、電源ラインや信号ラインを伝搬するノイズになります。
- 放射ノイズは、コイルの場合はコイル配置やコアの構造により空間に放射される磁束(漏れ磁束)により空間を伝搬するノイズを想定しています。この放射ノイズは周辺回路と磁気結合し、誘導電圧を発生させ誤動作などの悪影響を与えます。
- 本項では、AMラジオ帯域における伝導ノイズ除去性能と放射ノイズレベルについて比較します。
【コイル外観と構造】
各コイルのコア構造からコア内に発生する磁束のイメージを説明します。
ドラムコイル(または棒コイル) | 弊社コイル SMシリーズ |
(構造説明) ドラムコイル及び棒コイルのコアは開磁路構造の為、コア内に発生する磁束が空間を通るループとなります。 |
(構造説明) SMシリーズのコアは閉磁路構造の為、コア内に発生する磁束は、コア内で磁束ループを閉じる為、磁束がコア外に漏れにくい構造となっています。 |
【伝導ノイズ除去能力評価】
- フィルタ特性
伝導ノイズ除去性能としてLCフィルタを構成します。
AMラジオ帯域のノイズ減衰を想定する為、フィルタ特性は約500kHz以上を-40dB以下となるように決めます。 - フィルタ入力信号
伝導ノイズとして50Vpeak/1MHzの高電圧スパイクノイズがフィルタに入力された場合を想定しています。
【放射ノイズ評価方法】
簡易的に以下のような方法で検証しました。 (ノイズ評価ブロック図参照)
- 電気的に絶縁された基板を2枚用意します。
- 伝導ノイズ除去用LCフィルタを実装した基板を1次基板とします。
- 1次基板コイルよりの放射ノイズの影響を確認するための基板を2次基板とします。
~2次基板は、例えば低電圧化が進んでいる車載電子機器を想定し、1.2Vの仮想電源ラインを設置します。
~2次基板の配置は、1次基板からの放射ノイズによる誘導電圧が十分に確認出来る位置にします。
今回の評価では、1次基板上方30mmの位置にしました。
【ノイズ評価ブロック図】
【結果】
伝導ノイズ除去性能比較
- SMシリーズ、ドラムコイル共にフィルタ特性(伝導ノイズ除去特性)はほぼ同等の特性となっています。(図18参照)
減衰特性は、ほぼ設計通り 500kHz以上は約-40dB以下 。
図18. SMコイル、ドラムコイルによるフィルタ特性比較
放射ノイズ有無、影響
- 漏れ磁束による放射ノイズについては、SMシリーズ、ドラムコイルで違いがあり、今回評価したドラムコイルでは、約0.8Vpeakの誘導電圧を確認しました。(図19参照)
これは2次基板仮想電源ライン1.2Vに対して約67%であり、実機環境においては、誤動作などの悪影響が懸念されます。 - SMコイルの場合、誘導電圧は、2次基板の配置に左右されず、0.1Vpeak以内である事を確認しました。
これはドラムコイルや棒コイルに比べて周辺回路への誤動作の懸念が大きく改善出来る事が期待できます。(図20参照)
ドラムコイル使用 | 弊社コイル SMシリーズ使用 |
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図19. ドラムコイルからの漏れ磁束による2次基板への誘導電圧 | 図20. SMシリーズからの漏れ磁束による2次基板への誘導電圧 |
【考察】
- 伝導ノイズとしてはSMコイル、ドラムコイル共に十分に減衰出来ていても、漏れ磁束による放射ノイズは大きく異なります。
- コイル構造から考察すると、ドラムコイルはコアが開磁路構造の為、漏れ磁束は多くなり、放射ノイズとして周辺回路との磁気結合による誘導電圧(異常電圧)も非常に大きくなります。よってコイル配置、周辺回路の配置に注意が必要です。
- 一方、SMコイルはコアが閉磁路構造の為、漏れ磁束が殆ど無く、放射ノイズも小さい為、高電圧のスパイクノイズが印加されても周辺回路に発生する誘導電圧(異常電圧)は小さくなります。これはコイルの配置や、周辺回路の配置に自由度が出来ます。
(補足)
コイル下部方向の放射ノイズについては、基板をベタパターンにする事で磁気シールドになりコイル下部方向の放射ノイズを小さく出来ます。コイル実装部がベタパターンでない場合、コイル実装部下部方向にも注意が必要となります。
【まとめ】
1ターン貫通構造コイル SMシリーズは、高電圧のスパイクノイズが印加された場合でも、ドラムコイルや棒コイルに比べて漏れ磁束による放射ノイズが小さく、周辺回路の誤動作などの悪影響を防ぐ事が出来ます。
11. まとめ
※SMコイルとハイブリッドによるLCフィルタについて
SMコイルの低DCRによる低電力ロスとハイブリッドコンデンサの低ESR、温度安定性の複合効果として、以下3項目の利点があります。
- 大電流電源ラインに使用可能。
- 減衰特性-40dB/dec.が得られる。
- 環境温度により減衰特性が変化しない。
【補足1】
ハイブリッドコンデンサ使用の場合、急峻な減衰特性(理想減衰量)が得られる為、カットオフ周波数fcを高く設計できます。これによりコンデンサの低容量化と部品の小型化に貢献できます。
※SMコイルと電解によるLCフィルタについて
一方、アルミ電解コンデンサはESRが高く、また温度変化も大きくなりますが、以下の条件であれば選択の余地はあると考えられます。
- 大容量コンデンサが必要。
- 減衰特性が-20dB/dec.でも可。
- 温度一定。
- 外形サイズが不問。
【補足2】
アルミ電解コンデンサを使用する場合、ESRが高い為、減衰特性は-20dB/dec.となりますが、カットオフ周波数fcを下げることにより目標周波数での減衰量を得ることが可能となります。
※各コンデンサ特徴要約
(fc:カットオフ周波数)
※SMコイルとドラムコイルについて
SMシリーズとほぼ同等のインダクタンスと定格容量の一般的なドラムコイルを伝導ノイズと放射ノイズについて比較した場合、コアが閉磁路構造であるSMシリーズ コイルは、数十Vの非常に高いスパイクノイズが印加されても、漏れ磁束による放射ノイズは圧倒的に小さく出来る為、周辺回路への誤動作など低減する事が出来ます。
12. 本資料取扱注意事項
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